6月18日(月)
「WINGSPAN(夢の翼〜ヒッツ&ヒストリー)」
〜ポール・マッカートニー〜
「夢の翼」というタイトルからして、何となく70年代ぽくなつかしい…。ポールの70年代の曲は「出ておいでよお嬢さん」〜「心のラブソング」〜「ハートのささやき」〜「幸せのノック」〜「幸せの予感」〜「夢の旅人」…なんかつながっているというか、作風があるというか、伝言ゲームというか…多くのファンはこれらの邦題をあまり好ましく思っていなかったのかもしれない。今回アルバムでも「あの娘におせっかい」や「幸せのノック」ではなく「リッスン・トゥ・ホワット・ザ・マン・セッド」や「レット・エム・イン」と原題どおりの日本語タイトルに改められている。でも僕はこのちょっとダサい日本語タイトルが好きだったし、それが70年代のポール(=ウイングス)を最も象徴しているとも思う。
そもそもビートルズも「ラバーソウル」までは多くの楽曲に邦題がつけられていた。名訳「抱きしめたい」はだれもが納得するところだろうが、「恋する二人」、「恋のアドバイス」、「恋を抱きしめよう」、「恋をするなら」、「消えた恋」等々…まさしく60年代中期までは「恋の嵐」状態だった。でもこれらのタイトルも当時のハツラツとしたビートルズのイメージにあっていて、僕は好きだ。
さすがに「リボルバー」以降は東芝の宣伝担当者もビートルズの真の巨大さを悟ってか、歌詞の急激な進化に尽いていけなくなってか、完全に原題どおりのタイトルになった。たしかに、“OH!
DARING”に「恋するダーリン!」なんて名づける勇気など僕にもない。
しかし60年代の終焉、70年代が始まるとともに、東芝の宣伝担当者は再びがんばりはじめる…。「きっと何かが待っている」、「故郷のこころ」あたりは直訳で工夫が見られないが、「ジョンの魂」や「ジョージ・ハリスン帝国」などアルバムタイトルでも冴えを見せはじめると、70年代中期ウイングスの絶頂期あたりでは、先に述べたタイトル以外にも「ワインカラーの少女」、「愛の証し」、「やすらぎの時」、「君のいないノート」等々…70年代ニューミュージックの香りを漂わせた「名訳・迷訳?」が立て続けに登場する。でもなんといっても最高傑作は「あの娘におせっかい」だ。歌詞をどう意訳しても、なんで「あの娘におせっかい」なのか未だにまったくわからない…。「兵士が彼女にキスをして、別れを告げている」あたりがやはり「おせっかい」なのだろうか…。最初に聴いた中学二年のときから謎のままだが、ソプラノサックスが奏でるあの美しいメロディーは「あの娘におせっかい」以外には考えられない。あまりにもハマリすぎている!
考えてみると「バンド・オン・ザ・ラン」にしても「タッグ・オブ・ウォー」にしてもよくわからない歌詞である。でも発売されてすぐ聴いた大学一年の春、ポールが「人生は綱引きなんだよ…」と言われて「なるほどそうか人生は綱引きなんだ!ポールはスゴイ!」と妙に納得したのも確かだ。ポールのスゴイところに、このわけの解らないうち納得させられてしまうところがある。ビートルズ時代の「ロッキー・ラックーン」や「シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウインドー」あたりも何が言いたいのかよくわからない歌詞なのだが、これがポールなのだ。
今回のベスト盤を聴きながらポールが70年代という時代においてやり遂げたかったこと、形にしたかったことが、かなり明確に感じ取ることができた。「混沌とした透明感」を持つ60年代に対して「色あせたおもちゃ箱」のような70年代…僕はそんなイメージをポールの音楽的歴史区分として漠然と抱いていたのだが、このアルバムを繰り返し聴くうちに、70年代のポールの状況はそんなにお気楽でもなかったし、自ら築き上げた音楽庭園の中でクリエイティブに遊んでいたわけでもなかったことがわかった。70年代、ポップ&ロックミュージックがどんどん細分化され、巨大なビジネスと化してゆく時代の中、ポールは新たな音楽性の構築のため死に物狂いで働いていたのだ。すさまじい60年代の嵐のあと、あのジョンですら「しばらく休憩」していたのに、ポールはそれこそずーっと働いていたのだ。まさしく史上最高の働き者のイギリス人だ。このようなことを考えながら“TOMORROW”を聴いていたら、もう涙、涙…である。
ジョンの死がウイングスや70年代との決別のきっかけになったことは確かであろう。それはポールにとって混迷の80年代の始まりでもあったのだが、ポールが70年代で成し遂げたかったことは“DAYTIME
NIGHTIME SUFFERING”で完成していると思う。ポールが数ある作品の中でことある度に、この曲を自らのナンバーワンに挙げているのは、70年代という10年の時間をかけた精華がこの一曲にすべて詰まっているからではないだろうか。
「ジョン・レノン殺害」はその後のポールの音楽人生を左右する大きな出来事であったに違いないが、同年の成田での逮捕・拘留などの「事件」がなくても、70年代という時代の申し子であったウイングスは、当然ながら70年代の終焉とともに解散していたであろう。ポールの目標は“DAYTIME NIGHTIME SUFFERING”であったわけだから、それを達成した後のウイングスの活動はポールにとってもう惰性であったに違いない。79年から始まるウイングスのライブでのポールの投げやり、大雑把さはその顕著なあらわれだ。(しかしこの投げやり加減がまた最高にカッコいいのだ!)
ビートル・ポールはビートルズがなくなって30年以上経つのに未だに走り続けているような気がする。いつも聞くたびに発見があるし、世界中でだれかが新たなビートルズを作り続けているような感があり、ビートルズの8年間のどこかがいつも必ずそれぞれの時代の「今」にリンクしている。反対にウィングス・ポールはずっと新しいのだけれど、そんなにもう時代と走り出さないと思う。でも、そこがいい!ウィングスは永遠に「幸せ」とか「夢の」なんとかで止まっていて欲しい…。僕にとってリアルタイムで聴いたのはビートル・ポールではなくウイングス・ポールであり、ソロ・ポールなのである。だからたまらなくなつかしい…自然と涙してしまう…。“WITH A LITTLE LUCK”や“WATERFALLS”、“TUG OF WAR”を聴きながら中学二年生や高校三年生、大学一年生の自分にタイムスリップできてしまう…。そして、ちょっと年をとってくたびれていた今現在の自分の「心」が、なんとなく前向きになって、またがんばってみようかなという「幸せ」な気持ちに変わってゆくのだ。
不思議だけれど、いくつになっても僕にとってポールはそんな「福音」なのである。
うん、ポールはやはりスゴイ。
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