Gallery Wanderlust




10月2日(火)


「カラヴァッジョ」 東京都庭園美術館〜




カラヴァッジョが生きた16世紀の終わりから17世紀のはじめ、イタリアの多くの都市がスペインに支配されていた。反宗教改革の締め付けとあいまって、人々の気持ちの中には抑圧された鬱憤が蓄積されていた。そのはけ口が暴力という形で日常的に蔓延していて、カラヴァッジョの行動だけが特に異常であったわけではないそうだが、やはり殺人を犯してしまっては話は別である。さすがの教皇もかばい切れなかったのであろう。しかし400年近くの歳月が経った現代、画家が犯した「殺人」もその数奇な運命を象徴する「事件」、超人的創作活動における「反動」として捉えられている。

それにしても、ものすごいパワーである。短い活動期間での圧倒的な仕事量…。
ミケランジェロを見たときもそう思ったが、彼らの仕事の前には、現代作家の作品のほとんどが頭でっかちで、ひ弱な存在に見えてしまう。
今回の展覧会で出品されているのは、そんなカラヴァッジョの仕事のごくごく一部であるが、天才の仕事の片鱗は十分に感じ取ることができた。
作品から発せられる「聖と俗」は、画家の「天才の技」と「人間の衝動的な暴力性」とあいまって、作品における光と影のコントラストのように明確に受けとめられる。

横尾忠則氏が対談で自身の仕事について、「ハイとローの落差が、いいのよ 」と言っておられた。
横尾氏はファインアートとコマーシャルアートを例にとって話していたが、カラヴァッジョの絵画についてもこの「ハイ&ロー」で例えられる。
「ハイ」=光=聖なるモノ(天上、、キリスト教の教義、芸術性、画家の自分)
「ロー」=影=俗なるモノ(地上、悪、現実の社会、大衆性、画家以外の自分)
同じ空間(画面)に「ハイ&ロー」が共存する…カラバッジョの最大の魅力はこれに尽きる。

卓越したリアリズムに光と影の演出を加えたことにより、「絵画」は「舞台」に変貌した。まさしく「絵画の劇的な革命」である。光によって影の存在感がよりリアルに再現される。その逆も同様である。
また、芸術はその世界の中に対極する二つの要素によって支配されているほうが、ひとつの要素に支配された場合より魅力的な場合が多い。互いが主張しあうことにより、より互いを高め合う化学作用のような現象が起こる。対極する要素は強力であればなおその作用も増大して、核爆発のようなすごいパワーを生み出すことがある。
カラバッジョの「光(聖)と影(俗)」、レオナルドの「芸術的冒険心と科学的探求心」、ゴッホの「芸術家であるための純粋性と生活者としての幸福を追求したがための狂気」、レノン&マッカートニーの「ロックとポップ・ミュージック」…これらの例に共通するのは化学作用による爆発の時代が極めて短い時間に凝縮されていて、必ず「破綻」という結果で終わっているところだ。レオナルドは「作品自体の放棄」、ゴッホは「自殺」、レノン&マッカートニーは「決定的な別離」、カラヴァッジョの場合「殺人、逃亡の果ての死」という形で決着している。
カラバッジョの追随者(カラバッジェスキ)たちによってそのスタイルは受け継がれたが、これほど「劇的」に絵画を「ドラマティック」に変えてしまう画家は、彼の先にも後に存在しない…。

本日の結論
片鱗だけでなく、やっぱりローマに行って全貌を見たい!!」








10月21日(日)


「独立展」 東京都美術館〜




様々な作風の作品があって楽しかった。しかし、次々と作品に接していくうちにある種の共通点、スタイルも見えてきた。団体展なので当然かもしれないけど…。
部屋の隅っこや、二段掛けの上段で注意していないと見過ごしてしまいそうな位置に展示されている作品に妙に惹きつけられたり、反対に、勉強不足の僕でも名前や作品を知っている大先生の作品が案外つまらなかったり…そんなところも意外性の連続で興味深かった。
また、このような団体展では先生の作風を影響を色濃く反映した作品も数多い。
美術に関してかなり目が肥えていると見える奥様二人組み曰く「ねえ、これって完全に島田章三よ!顔のデフォルメとかそっくりじゃない…」
手厳しい批評だが、こんな意見はよく耳にする。しかし、僕はこのような現代の「カラヴァッジェスキ」の作品が決して嫌いではない。逆に、若いときから「芸術における独創性」を何よりも美徳とし、「オリジナリティ」にこだわるあまりに、本当の自分を見失ってしまっている作品群に比べたら、ずっと好感が持てる。尊敬する先生や団体の先輩の作品に少しでも近づきたくて、作風がそっくりになってしまうのは、ごくあたりまえのことである。美術や音楽、書道でも、素晴らしいお手本を模倣することから始まる。僕などは島田章三風に描けと言われても技術的に未熟で絶対に描けない。尊敬する師や目標があって創作できることは素晴らしいことだし、実にうらやましい限りだ。

エントランスから続く地下の展示室を1時間近くかけてじっくり鑑賞した。
自分の好きな作品ベストテンを決めて、さあ出ようと思ったら、2階、3階へさらに展示が続いていて、まだまだ膨大な数の作品があった。
集中力を最初のフロアで使い果たしてしまったので、後の展示室は「新鮮な目」で見れなかったのは少し残念…。
「聖徳太子展」はまた今度にすることにした。

本日の結論
「東京都美術館
は、相当でかい!!」