1月27日(日)
「カンダハール」 〜新宿 武蔵館〜
映画の公開にともなって監督の来日・テレビ出演などずいぶんと話題になったので、僕の行った日曜の午後は整理券が配られており、入場も1回先の夕方になった。
アメリカ同時多発テロ以前と以後で、この映画の印象はだいぶ違うと思うが、制作された2000年当時は注目されず、なぜ今アフガニスタンなのか欧米だけでなく中近東でも理解されなかったようだ。
タリバン政権によるあらゆる分野への規制や弾圧は2001年の秋以降、多くの情報によって世界中で知られることとなったが、モフセン・マフマルバフ監督は2000年時点では世界から完全に見放された状態だったアフガニスタンに、なんとか人々の関心を向けさせることを願ってこの作品を撮ったのだ。
映画の主人公ナファス(ニルファー・パズィラ)は実際にアフガニスタンからカナダに亡命した女性ジャーナリスト。ナファスの旅を助ける実際にアフガニスタンで戦った経験を持つブラック・ムスリムのアメリカ人ダビブ・サヒブ(ハッサン・タンタイ)以外、映画の出演者の多くは演技経験を持たない難民を含む現地アフガニスタン人である。
ブルカに象徴される女性の社会的抑圧が映画の大きなテーマのひとつになっているが、アフガニスタンの女性たちは、ブルカを強制的に身に付けさせられながらも色鮮やかなデザインを選び、ブルカの下に化粧をし、マニキュアやアクセサリーで女性らしさを主張している。それは抑圧に対するささやかな反抗ともとれる。
その反対に興味深かったのは、赤十字キャンプで難民に義足を提供する仕事をしているボランティアの白人女性たち(ポーランド人)だ。映画の中で僕が最も印象に残ったのが彼女たちの登場シーンなのだ。
なぜだろうとずっと考えていたのだが、鎖に繋がれたかのような抑圧の中で毎日を耐え忍ぶしか術のないアフガニスタンの女性たちとは反対に、彼女たちの存在が砂漠のなかで際立って見えたからだろう。彼女たちは難民の男性が注文する無理難題にもテキパキと対処する。アクティブに働くその姿にまったく化粧気はなくアクセサリーもない(当たり前だ)。ちょっと考えすぎかもしれないが、マフマルバフ監督は、このポーランド女性二人の仕事振りや生き方を将来のアフガニスタン女性の理想と重ね合わせようとしたのかもしれない。
義足を売って金にしようと母の義足が欲しいと偽って、毎日のようにやってくる片腕の男、完成した妻の義足を受け取りに来たが、持参した妻の服を義足にあわせて「これは妻には大きすぎる」と言い張って(実際これは計測ミスなのか完全に大きい)その場から去ろうとしないモンゴロイド系の男…彼らに対し別段ヒステリックになることもなく淡々と自分たちの仕事を続ける。
アフガニスタンだけでなく、これが世界のいたるところで命を張って、地道に平和のために働く人たちの日常の姿(=真実の姿)なのかもしれない。現在、このような人たちのおかげで世界の安定がかろうじて保たれているのだ。
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