Gallery Wanderlust




2月21日(木)・2月22日(金)


ブライアン・ウィルソン ペットサウンズ・ツアー・ジャパン 2002
 
                  東京国際フォーラムホールA〜




今でこそ「おたく」はある程度市民権を得たような感もあるが、僕が大学生だった1980年代ころは「おたく」という言葉もはっきりと確立されていなかったし、「おたく」的な生活は、今よりかなり罪悪感を持たれていたような気がする。
だいたい物事を深く考えたり、真理を追究したりすることは悶々としていて、周りからは暗く見られるけど、絵や彫刻、文学…みんな部屋にこもって長い長い時間を費やす作業である。

バブル前の日本社会は、それこそ怖い物なしという感じで、お金にならないことや、暗いことは全部「悪」であって、みんながみんな無理矢理明るく振る舞おうと装っていたような気もする。やがて90年代に入りバブルが崩壊して、挫折や失望といった現実を目の前にして、状況は少し変わった。
「暗くてもいいじゃん!」「おたくで何が悪い!」その後のITの普及でそれまで「暗い」ことや「おたく」であることを下隠にしていた人々が発言し始めた。だから個人のホームページを開設して、こうやって自作の文章を公開していること自体、80年代的にとらえると「ものすごく暗い」のだ。

ブライアン・ウィルソンという天才が作った最高傑作「ペットサウンズ」がアメリカで発表されたのは1966年。アメリカがベトナムという挫折を味わう直前である。発表当時この作品の「巨大さ」に感づいたのはポール・マッカートニーを始めごくごく一部であって、ファンやマスコミ、他のメンバーからでさえ、ブライアンは「おたッキーで暗いヤツ」の一言で片づけられていたようだ。
しかし、この「ペットサウンズ」以降時代は大きく変わる。若者を中心にあらゆる価値観や思考法が短い間に変化するのだ。
60年代後半以降、アメリカではいち早く「おたく」が市民権を得て、社会を変革し、文化や経済を引っ張るアメリカ文明の牽引車にまでなっていく。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブス、スティーブン・スピルバーグ…21世紀の現在、アメリカ経済・文化はこれら「スーパーおたく」たちで支えられているのだ。
そしてブライアン・ウィルソンも元祖「スーパーおたく」の一人に違いない。

本来は昨年の9月に予定されていたコンサートだったが、アメリカの同時多発テロの影響でこの日まで延期となった。
申し込んでいたチケットはそのまま使えたので特に気にせぬまま当日を迎えた。
会場の看板には"Brian Wilson Pet Sounds Tour Japan 2002"とあった。「今回はペットサウンズからの選曲が多いんだろうな」と思った。
ステージに御大は星条旗を胸にあしらったセーターで登場した。びっくりするくらい声に艶があって、前回とは比べ物にならない。
前回は本当に来日して、コンサートをやること自体が信じられなくて、歌っているときもちょっとひやひやしながら観ていた記憶があるが、今回は安心してじっくり曲や演奏に集中できた。そして、バックミュージシャンとのコーラス、オリジナルを彷彿とさせる美しい響きだ。こんな美しいコーラスはCDでもなかなか聴けないであろう。
ギターのジェフリー・フォスケット氏、この人がバンマスか…ブライアンがベッドから出られなくなっていたときの体型にかなり近いかも…しかしその声は最盛期のブライアンのコーラスパートがこなせるほどハリがあって思わず聴き惚れる…。そして紅一点の女性ヴォーカリスト、テイラー・ミルズ嬢もこれまた美しい…。

コンサートは休憩を挟んで2部に分かれていた。前半が終わった時点でもしかして、アルバムまるごと演るのかなあと思ったら、その通りだった。こんなにいい演奏なのに初日の会場のノリはイマイチだったけど、2日目はアルバムの最終曲"Caroline No"が終わったとき自然と観客全員がスタンディング・オベイション…そのまま一気にラストまでオールスタンディング、会場も一体となって盛り上がった。

映画「アマデウス」のなかのワンシーンでモーツァルトが皇帝やイタリア人宮廷作曲家たちの前で、自作の新作オペラについて「これがドイツ的美徳です」と誇らしげに語ったのが印象的だったが、この夜、ブライアン・ウィルソンという天才とその才能に惹かれた素晴らしいミュージシャンたちによる演奏は、まさに「アメリカ的美徳」であると感じた。