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| 4月2日(火)
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| 4月11日(木)
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| 4月13日(土) 東京駅まで行ったついでに、久々にブリジストン美術館へ行った。 藤島武二といえば有名な「黒扇」で知られるように人物画の印象が強かったのだが、今回の展覧会は人物もさることながら、風景画が非常に素晴らしかった。 初期は黒田清輝が提唱した外光派の影響を作品に強く反映する藤島だが、やがて浪漫主義に傾倒した後、ヨーロッパ留学を契機に様々なスタイルを試みている。 晩年の岬に波が打ち寄せる様子などを描いた風景画のシリーズでは、出会った風景に感動しているのはよくわかるのだが、風景自体の迫力にのめり込み過ぎているような感じがして、静かな海や夕暮れの穏やかな入り江の風景などの方が造形的には惹かれた。 展覧会を見終わった後、隣のスタバで友人のT君と美術雑誌に載っている若手作家と藤島武二を比較して話す。 T君曰く、「藤島武二の時代から100年過ぎても彼を超える作家が一人すらいない。科学技術は進歩しても、美術は進歩するどころか逆に退化してしまっている…ほら、この2点比べて見てみい…」 彼は美術雑誌の表紙にあるリアリズムの人物画と藤島の作品「イタリア婦人像」のポストカードを同じテーブルの上に並べて僕に見せた。 そう言われてみると美術雑誌の表紙の作品は、リアルに描いていても伝わってくる物がない。藤島の肖像画はそれほど緻密に描き込まれているわけではないが、限りなく饒舌であり、描かれた女性の人生とかその時の画家の心境とかいろんなことがイメージできる。 「そうか、これって大事だよなあ…。一枚の絵から様々なイメージが湧き上がってくるだけでなく、時にはその絵をテーマに小説や詩や音楽までができてしまう…そんな作品が未来永劫本当に素晴らしい!」 そう考えると美術雑誌に載っている絵のほとんどが陳腐に見えてきた…。 というわけで、日本の美術に多大な危機感を感じたT君は、「もうこれ以上他人には任しておれん!」と自らこの春、某美術大学に入学した! 冗談でも大げさでもなく、僕は彼の試みが近い将来、停滞する日本美術界に一石を投じると確信しているし、彼の並々ならぬ決意と情熱は、藤島武二や黒田清輝など明治初期の日本の洋画家たちの志に通じると思う。 政治でも経済でも芸術でも、本当のトップクラスの人達はいくつになっても「俺がやらなきゃ、日本は世界はどうなる!」という強い使命感を受けていつも仕事に取り組んでいるような気がする。 T君の21世紀の挑戦に期待したい。 |