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| 5月3日(金) 東京藝術大学油画科が前身の東京美術学校時代から卒業制作と併せて学生に課した自画像より、明治29年から昭和29年までの作品を集めた展覧会。 広いギャラリーに10号くらいの大きさの油彩画が延々と並ぶ。 なかでも明治から大正にかけての作家(学生)たちの作品群はどれも凛としていて、その眼に強い意志と主張を感じる。個性などという言葉がそれほど日常的ではなかったと思うこの時代、どの作品も非常に個性的で、それぞれの学生のその後の芸術家としての生き様が容易に想像できる。(名前から作品が浮かぶからかもしれないが)反対に昭和それも戦後になると、自由な社会になってそれぞれの主張や個性が表現しやすくなったにも関わらず、どれもこれもみんな同じような顔に見えてくる…。当然作品の技術的レベルは高いのだろうが、あくまでも卒業制作で与えられた課題だから描いたという感じだ。明治・大正時代の学生たちは課題ひとつ出されても、それを自分の中で昇華させて芸術的に次元の高い場所までもっていってから作品に仕上げているようだ。 だから、ひとつひとつの作品から発せられる精神性が際だっているのだ。佐伯祐三や小出楢重、青木繁らの作品は卒業制作の時点で世界が完成され、作家の仕事のなかの重要な作品のひとつ、文化遺産となっているので、これらと戦後の作品を比べるのは酷かもしれないが…。 でも日本人の顔って、江戸時代から明治、大正、昭和と急激に変わっているような気がする。ヨーロッパの場合、肖像画などの人物の顔を観察しても現在のイタリア人やスペイン人、オランダ人の顔がイメージできる。 イタリアに始めて行ったとき、サンマルコ修道院でサボナローラの肖像画と彼がシニョーリア広場で火あぶりになった様子を描いた銅版画を見たあと外に出たら、500年前に描かれた作品とほぼ変わらぬ状態の風景が目の前にあったことと、サボナローラと同じような顔をした人が、けっこうそこらへんを歩いていたのには感動した。 また、サッカーのドイツ・ナショナルチームの戦いは「ゲルマン魂」と称されているが、 あの金髪をなびかせて、吠えながらグラウンドを駆け回る選手たちを観ていると、2000年前蛮族と呼ばれ、ローマ人との戦いに明け暮れていたころのゲルマン民族の姿を容易に想像することができる。彼らの顔は500年、1000年前、2000年前とあまり変わっていないのではないだろうか…。 逆に日本の場合は、ヨーロッパのように対象をマッスでとらえて、リアルに描く習慣がなかったので、500年、1000年前の顔は想像しにくいが、幕末の志士の肖像や庶民の生活を撮影したスナップなどを見ると、たった100年ちょっと前なのに現在の日本人と果たして同じ民族なのか?と思ってしまうほどその顔は変貌している。 少し前に某新聞の広告で、幕末の勤王志士の姿をモデルにさせて、キャッチフレーズを「平成維新…」みたいな感じにしたものがあったが、なんというか非常に違和感があった。どう見てもそのモデルは幕末の志士には見えなかった。顎のラインがきれいすぎるし、お肌もツルっとしていて目も二重でパッチリ、こんなジャニーズ系の志士は絶対におらんかったぜよ…。 坂本龍馬や高杉晋作、幕府側では近藤勇などの顔は、みんなゴツゴツしているが、爛々とした眼をしていて、強烈な意志と使命感が窺える。これは別のコラムでも書いたけど、明治の洋画家たちの「日本の近代絵画を創る」という志には、幕末の志士たちの日本の未来への熱き思いと合い通じるものがあったのではないだろうか。 幕末、明治の日本人とすっかり「スーパーフラット」になってしまった平成の日本人の顔とは、豊かな生活を送っていた縄文人とプラモデルの人形くらいの差がある。 やっぱり急激に顔が変化したのは戦後ではないだろうか…。 その原因が何なのかはっきりと解らないが、藝大の自画像の変化は日本人自身の変化だったのかもしれない。 |
| 5月17日(金) ずっと、行かなければと思っていた企画展。 国立博物館の前を通るたび1時間待ち以上の長蛇の列だったので、「また今度…」「次は絶対…」と思い続けているうちに会期も残りわずかになり、今日に至った。 金曜日は閉館時刻が午後8時まで延長されるので、5時に入ってたらゆっくり見られるかと思っていたが、やはり週末のアフターファイブ、館内はかなりの混雑…。 「閉館時間まであと15分です。お急ぎ下さい!」と何度もせき立てられて、最後はかなりピッチを上げたが、3時間でもきつかった…。1階のロビーにあるソファーでくつろぐ暇もなく退出した。(ちなみにここのソファーは座り心地が非常に良い。展覧会を見終わった後にドッコラショ〜っと腰掛けては、しばしウトウトしてしまうこともある…) 短時間で集中して鑑賞したこともあって、いつもより疲れた…。 でもこの心地よい疲れは優れた芸術作品に接したときほど高くなるものだ。コンサートや映画での感動とはまた違った感覚である。 僕は美術作品を鑑賞するということは、受動的な行為ではなく能動的な行為だと思っている。今回は鑑賞するにあたって「雪舟のしっぽ」に触れなくても、「しっぽの先の毛」ぐらいはつかみたいと心に決めていたのだが…人混みの中、気を使いながら慌ただしく作品と接したので、「しっぽの先の毛」どころか、「しっぽの輪郭」を遠目から眺めただけだったような気がする。3時間では無理とわかっていたが、やはり人がいないところで丸々一日作品と向かい合いたい…。(そりゃ誰でもそうしたい) 以前あるテレビ番組で伊藤若沖のコレクターとして有名なジョー・プライス氏が紹介されていた。氏はアメリカ西海岸にある自宅で自ら所有する若沖の作品を鑑賞する際、まず作品を鑑賞するために部屋を最適の明るさに調節する。シェードを下ろしてカリフォルニアの強烈な太陽光線を調節し、「日本の光」に近づけるのだ。次に温度・湿度が完璧に保たれた収蔵庫から作品を取り出し、床の間にゆっくり吊り下げる…。一連の動作の間、プライス氏は終始「若沖のために、若沖のために…」と呟きつづける…。 若沖の作品の素晴らしさや美しさは言うまでもないが、代表作を数多くコレクションするプライス氏の絵を見るまでのひとつひとつの動作や行為が、茶道や華道と同じように様式化された厳格さと気品に満ちあふれていることには驚かされた。 「武士道」「茶道」「華道」…いずれも人間はどう振るまい行動すれば美しいかを追求した文化ではないかと思うが、生と死がいつも隣り合わせであった雪舟の生きた時代、絵画もやはり「絵画道」であったのではないだろうか。 そして中国の水墨画のあらゆる様式を身に付け「道」を極めた上で、自己のスタイルに到達したところが何よりも雪舟の魅力だと思う。 眺めただけで偉そうなことは言えないが…。 |