Gallery Wanderlust




6月26日(水)


北斎と広重 ―風景版画の世界― 浮世絵太田記念美術館



浮世絵太田記念美術館へ初めて行った。
地下鉄の明治神宮前駅で降りてすぐ。
館内へは靴を脱いで、スリッパに履き替えて入る。
美術館の人が書いたであろうか…浮世絵についての解説等が鉛筆で下書した上に、ポスターカラーで丁寧にレタリングしてある。懐かしさと同時にほほえましさを感じる。

この企画展は、葛飾北斎の「富岳三十六景」と歌川広重の「東海道五十三次」を中心に江戸時代の浮世絵による風景画を集めたもの。
NHK「新日曜美術館」で美術家の赤瀬川源平氏が語っていた。
「北斎も広重も江戸の風景を今のうちに描きとどめておきたいと言う気持ちがあったのではないか。いつかはなくなってしまう、そんなどこか悲しさが作品から感じられる」
大胆でデフォルメされた構図、当時日本に入ってきた「べろりん藍」(プルシャンブルーのこと)を多用した斬新かつ繊細な色彩計画、画面に登場する江戸時代の庶民はどことなくユーモラス…。作品からは「憂い」を感じさせる要素は客観的に見つけることはできないが、僕も赤瀬川氏と同じで、どこかもの悲しさを感じる。北斎や広重の感性と技術に驚愕すると同時に、彼らが描いたこんな素晴らしい日本の風景は、もう二度と実際に見ることができないことを再認識して「イマの時代」に生まれたことを悲観してしまうからだろうか。
北斎も広重も自分たちが生きた「この時代」、日本の自然と暮らしがどれほどかけがえのないものなのか、実は直感的にわかっていたのではないかと思う。

一方、「イマの時代」の日本では、対象を求めて海外に出かけたり、移住したりする画家が多い。「もう日本に描く風景がなくなってしまった」とよく聞く。
でも北斎や広重が描いた「この時代」の日本の風景がもし生きていたら、多くの画家は日本から離れないですんだのではないか。逆に日本にモチーフを求めてやって来る海外の画家が後を絶たなかったであろう。なんたって、ゴッホもずっと憧れ続けていた土地なのだから…。

僕の究極の夢は「この時代」、江戸時代にタイムワープして、日本中をスケッチ旅行することだ。(小学生でもこんな夢は作文に書かないかもしれないが)その時はスケッチブックや画材はどれくらい持参して行こうか、通行手形はどうする?この髪型と服装では目立って仕方ないかな…などとまったく無意味な心配までしてしまう。
あぁ…行ってみたいなあ、江戸時代…。

ところで、浮世絵ができるまでの行程を見ていると、まず版元が絵師に依頼して下絵を上げる。それで版元と絵師、両者の間でこれでOKということになれば、絵師が墨で清書する。次に版元は彫師に版木の制作を依頼する。完成した版木から刷師がまず輪郭のみを墨で刷る。それに再び絵師が色版の指定を行い、彫師が色版を作成。最終的に刷師によって色刷りが施された完成品に、検閲を通して販売。
完全にエディトリアルやグラフィックデザインの仕事だ。現代の仕事に置き換えれば、版元は出版社かクライアント、絵師はアートディレクター、彫り師は製版技術者かDTPオペレーター、刷り師はプリンティングディレクターかな。

こうして見ると、今日の日本の印刷技術が世界でトップレベルにあるのは、江戸時代の浮世絵の分業制作システムが根底にあるからではないかと思う。