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| 9月16日(月) 久々の国立西洋美術館。 今日は散歩がてら、開館前の朝9時すぎに列に並んだ。 チケットを買い求め、定刻ピッタリにドアが開いた。 美術館の開館と同時に入場なんてめったに経験がないので驚いたのだが、美術館の人全員が並んで、「おはようございます。いらっしゃいませ」といっせいにおじぎをして出迎えてくれる。デパートのオープンみたいだが、確かに気分はいいものだ…。 この展覧会、国立西洋の企画では久々のヒットだと思う。 何よりもコレクターのウインスロップ氏のセンスが素晴らしい。19世紀のイギリス・フランス絵画とコレクションの範囲を限定しているのだが、それによって窮屈さや無理なこだわりみたいなものは感じさせない。ごくごく自然な流れで鑑賞することができる…。磨き抜かれた審美眼と若くして成功した財力のなせる技か…。 出展作家では、印象派の礎を築いたともいわれるギュスタフ・モローも良かったけれど、僕が特に気に入ったのはロセッティとバーン・ジョーンズである。 ロセッティはミレイとともに前々から興味のあった画家で、過去に何度かまとめて見る機会があったのだが、バーン・ジョーンズに関してはまったく初めてだった。 いろんな展覧会を見て回っていると、年に何度か本当にその場で「一目ぼれ」してしまうような作品に出会うことがある。バーン・ジョーンズの「フランマ・ウェスタリス(ウェスタリスの焔)」はまさしくそんな感じであった。運命的とか劇的とか…そんな大げさなものではなく、ごくごく自然な偶然の出会いだった。 まず色がいい。 油絵をやっていて、「こんな色が出せたらいいのになあ」といつも考えているのだ。 次に女性の表情…顔は蒼白く、目のまわりには隈がかかったような感じに見えるが、決して病的な暗さにはとれない。ターバンの丹念に描き込まれたディティールとあえて筆跡を残したかのような背景との対比、画面全体を引き締める上着の濃紺… わずか10号くらいの作品だが、見どころは山ほどある…。画面の中に吸い込まれるような錯覚にとらわれるのは、このような絵画の前に立ったときだと思う。 メランコリックな雰囲気の中にも、清々しい透明感を持ち合わせた作品だ。 この作品をはじめ、バーン・ジョーンズとロセッティを中心に3回くり返し見て回ったら、ちょうどお昼近くになっていたので、中庭に望むレストランで昼食をとった。 その後、ミュージアムグッズ売場に併設されている書籍コーナーへ。 西洋美術を中心に画集から文庫本まで…書店の美術コーナーではあまり見かけないような本もたくさんあり、探していたバルテュスの画集も見つけることができた。 |
| 9月22日(日) 10代のピカソの作品を集めた展覧会。 それにしても凄まじく早熟である。 12才で描いた石膏デッサンは、石膏の質感まで見事に描き分けている。 これって砂糖と塩を描き分けるくらい難しい技術だと思うのだが…。 圧巻は画家でもあった父(幼いピカソの絵を見てその才能に驚愕し、自分の画材一式を与えたという有名なエピソードの本人)を描いたデッサンだ。 同じ家族でも、毋や妹を描いた作品はピカソの肉親への思い入れが多少感じられる。しかし父の肖像は、そういったノスタルジックなものを一切省き冷酷に対象として観察している。ある意味、石膏象以上に「モノ」として客観視しているように思えた。 これは会場での解説でも書いてあったのだが、父と息子の人間的な距離のせいかもしれない。父は最も身近で息子の才能を理解した人物である。マドリードの美術学校に入れ、画家として生きていく術をなんとか身につけてやりたいという親心の反面、芸術家としてのジェラシーがわずかながら残っていたのか…。 方や息子は父の影響下からなんとか抜け出したい。 父の指導のもと、デッサンや解剖学を極め、聖書や歴史をテーマにしたタブローも完成させた。この時点でもわずか14才。マドリードの美術学校へ入学したものの、授業には出ず、プラドで模写やデッサンを行っていた。そりゃあ14才でこれだけの実力があれば、美術学校での授業はアホらしいであろう。 そして僕は「ピカソがピカソになった」のは思春期を経て性的な目覚めや体験の前後であると考える。それまで聖書や歴史をテーマとしてアカデミックな習作に明け暮れていたピカソがバルセロナからマドリードに出るや、売春婦などを対象にあからさまな性描写をテーマとした作品に転ずる。父の教えや厳格なカトリック信仰、アカデミズム等から一気に解放された…というより自分の力でそういったしがらみを突き抜けた瞬間、若きピカソは「神童」から「天才」になった。 まさに「ピカソ」が誕生した…。 女性や男性の局部や性行為の描写は、一見よくある落書きともとれるかもしれないが、こういった作品が、アカデミズムを極めた修行時代とその後の「青の時代」の間にあることが興味深い。誰でもこの年頃は、もうそいったことだけで頭がいっぱいで「寝ても覚めても○○○○のことばかり…」なのだ。しかし、幼いころは「神童」と呼ばれていた人でもこの「寝ても覚めても○○○○…」の時代が過ぎたら、まったく「ただの人」になっていた…のが普通なのである。ピカソは90を過ぎて死ぬまでず〜っと「寝ても覚めても○○○○…」だったのは唯々敬服するばかりである。 ピカソ風春画ともとれるそれらの作品群の前に立った時、多くの観客は「あらっ、ピカソどうしちゃったのかしら…」一瞬戸惑ったような、ちょっと引いてしまっていたように見て取れたが、僕は「あっ!これでピカソがピカソになった」と思った。 そして、20世紀最大の巨匠に対し少しばかり親しみが増した。 確かに女性遍歴を重ねることによって創作力を高めていった作家は多いと思うが、ピカソの場合、そんなかっこいいロマンティックなものではない。 「性=芸術=人生=苦しみ」…彼にとって創作するための苦しみの輪廻みたいなものが常に生きていく上であったと思う。それが作品に反映され、生涯スタイルを変えながらくり返される…。 僕は「青の時代」だけでなく、全ての時代を通してピカソの作品から「人生の喜び」より「人生の苦しみ」を感じる。性的衝動だけでなく、創作活動を含めたその生涯は「あえて困難や揉めごとに積極的に関わり、時には自ら泥沼に足を浸けに行く…」ようなものではなかったかだろうか。作風の変遷は決して「計算」ではなく、あくまでも「衝動にかられた結果」だと思う。また、それによってもたらされた成功は計り知れないものだったが、同時に成功と引き換えに果たされた代償も大きかった。ピカソの作品からは芸術家としての成功と代償を同時に感じ取れる。 そのあたりが「芸術は安楽椅子のようなもの…」と語ったマチスやミロより興味をそそられるし、僕にとって芸術家としてよりシリアスで深いメッセージを与えてくれるピカソの最大の魅力のような気がする。 まさに天才ピカソが生み出される「その瞬間」を垣間見たような展覧会だった。 |